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Wikipedia (wiki)には載らない名投手 丹波慎也

芸能・スポーツ

これは2009年に書いたものを編集して書いております。

2009年3月にタレントの上地雄輔さんの主に高校時代を描くドラマがありました。

とても感動しました。彼には運と実力が交差する人生だとつくづく感じました。

さて、今回は丹波慎也投手について。

上地さんの話題になるとすぐプロ野球で活躍する投手の松坂大輔投手が話に上ります。松坂投手は現在日本を代表するすばらしい投手であり、上地さんは横浜高校時代、一年先輩の捕手としてバッテリーを組んでいました。しかし松坂投手よりも実力が上の投手と初めバッテリーを組んでいたという事実を知るとみんな驚くのではないでしょうか?

それが丹波慎也さんです。

丹波さんは将来有望の横浜高校のエースで4番の2年でした。上地さんは中学時代に彼に憧れて横浜高校に入学しました。1年下で入学してきた上地さんは丹波さんの球を受けるキャッチャーとしてがんばり、丹波さんは兄貴的存在で、彼と一緒に大リーグ選手になることを夢見てがんばっていました。

しかし2年の夏、心臓肥大による急性心不全により突然の他界。帰らぬ人となってしまいました。急すぎて詳しい原因は分かっていません。

もしも彼が生きていたらどれほどの大投手になっていたか、今では計りようがありませんが、彼の周りと比較してみると少しかいま見られるかもしれません。

ヤクルトスワローズに在籍した松井光介元投手は上地さんの1年先輩として甲子園にエースとして出場しましたが、丹波さんが存命中は2番手の投手でしかなく外野手をやっていました。

後輩の松坂投手は自身がエースとして甲子園出場したとき、尊敬する選手として2年先輩の松井投手を挙げましたが、その松井投手を丹波さんは控えにさせていたわけです。

そして横浜高校監督は、今でも、「松坂よりも丹波の実力のほうが上だ」と、はばからず断言しています。

彼の死後、野球から離れていた兄の丹波幹雄さんは一念発起し、野球を再開します。そしてスワローズのプロテストに合格してプロ野球選手になりました。この兄弟は「タッチ」の実写版だと言われ当時話題になっています。

もし彼がいたら、と仮定になりますが、怪我などせず順当にいけば球界を代表するエースになっていたのは間違いないのではないでしょうか?

なお、上地さんが言うには今、横浜高校には彼を記念するブロンズプレートがあるそうです。同校出身の野球選手は数いれどプレートがあるのは彼だけだという。上地さんは「野球史上の大投手2人、つまり丹波さんと松坂投手の球をキャッチャーとして受けたのは自分だけであり、それを自慢したい」と言っています。

彼は今伝説になっているのです。

彼を主役にして映画化したら素敵だと思いますがいかがでしょうか?

 

ちなみに、ウィキペディアでは、検索しても「丹波慎也」は出ません。書いたとしても、ウィキペディア管理人から削除されます。

理由は、「だってその人、素人でしょ?」ということです。

載せる載せないの線引きが、野球選手の場合、「素人か、素人じゃないか?」

しかも、選手にも係わらず「素人」だというその定義ってなんなんでしょうか?

スポーツにはアマチュアリズムという精神が色濃くのこっている競技もあるわけですし。野球選手はどんなに影響を与えた人でも「素人」は削除だ、という変な基準は疑問なのですが、いかがでしょうか。

お読みいただきありがとうございます。

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